2024年は、世界的に選挙の年となった感があります。日本では衆議院の解散総選挙がありましたが、アメリカでは大統領選挙、インドでは総選挙、台湾では総統選挙、欧州連合(EU)では欧州議会選挙、イギリスでは総選挙、メキシコでは大統領選挙、ロシアでは大統領選挙、などです。いずれの選挙も、その国の人々のみならず、世界に広がるネットワークを通じて他国の人々にも少なからずの影響を与えます。日頃、ニュース番組などを見ていて思うのですが、この選挙で選ばれる選良の人々が、我々国民や国外の人々に与える影響を項目別に数値化して見せてくれたら、どんなにか国内や海外の人々の暮らし、つまるところ、世界の幸福度を測る物差しとして理解しやすいかと思います。
日本に住んでいるので日本の選挙を考えます。2024年秋に衆議院の総選挙がありました。選挙では、候補者や候補者が属する政党が様々な公約を掲げていました。しかし、その具体的なイメージがなかなか掴めません。選挙の際に公表される公約の実現可能性の確率や、公約がどの程度に実行される確率や、実行される程度に応じての様々な階層の人に与える影響を数値で示してほしいものです。数値化できそうもないことでも数値化し可測評価で分析するのが、現代の科学であり数学です。ゲーム理論やゲームシミュレーションなど様々な数学的手法を駆使すれば、公約の実現可能性の確率や公約の実現の程度と各階層の人々に与える影響を数値的に評価、予測できそうな気がします。予測された数値の評価が、選挙前に、公表されたりすれば、投票に臨む有権者がこうした公約をなした人物や政党をより合理的に判断する一助となり、選挙を通して政治に関与する有権者の政治意識を覚醒させて、面白いのではないかと思います。
ちなみに、日本の総選挙をゲーム理論やゲームシミュレーションで解析する研究は、大学の研究者レベルではよく行われているようです。ただ、あまり生々しいシミュレーション結果の公表は、選挙の自由を妨害する行為になるとの非難に抗しがたいところもあり、選挙前に行われることはなさそうです。しかしながら、外国の政体であれば、我々その国に選挙権がない者にとっては、安心してこのような事前のシミュレーションや様々な項目に関する選挙結果の影響度の定量的な分析を行いこれを理解し、未来に対して期待もしくは絶望することができて、ありがたく、また面白い気がします。もう少し具体的に想像をめぐらしましょう。
まずは、科学や数学では、比較を容易にするため相対化、無次元化を行います。人口も総所得も様々な国々を比較して評価するには、相対化が必要です。無次元の国は、何もかも代表値で除されて、最大が1になる無次元の値で評価されてしまいますが、ここでは人口と期間を1とする無次元で考えましょう。人口が1というのは、あまりに抽象的ですので、無次元人口が1というのは、1万人に対応ということにします。期間が1というのも抽象的過ぎるので、1年に対応ということにします。すべての国々を人口1万人で1年間の出来事を考えます。この1万人の中には様々な人々います。誰一人同じではありません。評価項目の数にもよりますが、多数の評価項目があれば評価項目別にすべて同じという人は、この人口1万人の国にはほぼいないでしょう。政治家の公約の実現の影響を強く受ける人がどの程度の影響を受け、そうした人がどの程度の割合で存在するかを考えることが、政治家の公約の吟味に繋がるのではないかと思います。
仮想の国は日本に限りませんが、まずは日本を考えます。1万人には意味があります。人は大体、自分の周りの100人から200人程度の人を常に認識していると言います。人は社会を形成します。猿から進化して人になりましたが、集団で生活する群れの定員は昔も今もおよそ数百人以下です。その程度の数であれば、互いに顔見知りで、話も通じるという単位になります。1年間、100人に1人の確率で起こる事件は、自分の属する集団内で起こり得るので、強く自分事として意識されます。しかし年間を通じて1000人に一人や1万人に1人の確率で生じる事件は、もはや自分事とは遠くなってしまうかもしれません。1万人に1人に生じる不幸は確率的に言えば1/10000に起こる不幸です。1万人に100人に起こる不幸は年間確率1/100の不幸であり、自分事として捉える不幸になります。
不幸に会う確率を具体的に上げてみます。人口約1億2千万人の日本人の年間死亡者数は約160万人ですので、人口1万人あたりの死亡者は、130人前後です。がん患者の発生数は約94万人で、人口1万人当たりの発生数は、80人程度になります。日本の1年あたりの脳溢血や心臓血管系の患者発生数もがん患者の発生数と同程度で、人口1万人当たりの発生数は、80人程度です。がんも脳溢血や心臓血管系の疾病も必ずしも死に至るものではありませんが、発病する確率は1/100程度になります。交通事故に遭遇する確率は、がんや脳溢血・心臓血管の疾病に罹患する確率よりかなり低く、人口1万人当たりの発生数は、25人程度、交通事故による死亡者は、0.3人程度になります。殺人事件の被害者になる確率はさらに低く0.1人程度です。犯罪が日本比べて多いといわれるアメリカ合衆国で殺人事件の被害者になる確率は日本の5倍程度、メキシコでは、実に日本の35倍程度にもなります。中国は日本の半分程度と低く人口1万人あたり0.05人です。世界的に見ても殺人事件の発生率が低い国の一つのようです。紅衛兵が活躍した時代などでは多くの政治的な殺人がありましたが、今は収まっているのでしょう。かなりポピュラーな疾病であるインフルエンザの年間罹患者は、日本では推定年間1000万人、人口1万人当たり800人、確率8/100程度といわれています。かなりの確率です。
所得に関しては、日本では人口1万人当たりの生活保護受給者は、170人、生産年齢人数は、6140人、65歳以上の老齢者は3000人、資産1億円以上の富裕層は150人ぐらいいるそうですが、資産10億円以上の超富裕層となると3人程度と数少ないようです。資産数億円は、近年の土地や株式の上昇や高給取りの増加で急速に増えており、ひと昔の30人程度から急速に増えました。現在は、170人の生活保護受給者と同程度の人たちが富裕層に属しているようです。現在は、富裕層や生活保護受給者と同じオーダーの130人が年間亡くなり、60人の人が新たに出生しており、人口は毎年、70人程度減少しているようです。興味のついでに人口1万人当たりの日本の年間の婚姻カップルは40組80人、離婚カップルは150組、300人のようです。多いか少ないか、にわかに判断できない気もしますが、年間確率が1/100程度までは自分事ですし、年間確率が1/1000までいかなければ、自分とは遠い出来事になります。婚姻も離婚も自分事ですし、死や出生も自分事として認識できるでしょう。日本の選良の皆さんは、きっとこうした数値に通暁されていることと信じます。
人口1万人の国の所得格差を考えます。所得や資産の分配の不平等度を示す指標としてジニ係数があります。所得に対して低所得者から高所得者に並べ、所得の累積比率を縦軸,人数の累積比率を横軸にした曲線(ローレンツ曲線というそうです)に対して、全員の所得が同じとなる完全平等社会の累積分布が 45°線で示されるので、この両曲線で囲まれる面積を2倍したものをジニ係数というそうです。所得が少ない人がほとんどで、少数の者が高額の所得を得ると、ローレンツ曲線は、原点から横軸の方向に所得者の累積人数が増えても縦軸の累積所得は増えず低い位置にとどまります。そのため、完全平等社会の累積分布である 45°線との縦軸の差が大きくなり、最後の少数の高額所得者の所得の累積で、この45°線にようやく近づくことになります。所得分配が不平等で所得が一部の人に集中しているとジニ係数は大きく1に近づき、平等な社会では、0に近づきます。一般的に望ましい数値は0.2−0.3とされています。0.5を超えると格差が著しく大きく社会が不安定化するので、是正が必要とされています。日本の厚生労働省が3年ごと行う所得再分配調査では、 2021年調査では当初所得では、0.57と大きな値を示します。日本の税制や社会保障など制度により再配分された後の値は0.38だそうです。ちなみに格差社会が広がっているというアメリカ合衆国の2021年のジニ係数は0.49とかなりの高さです。北欧諸国では社会保障制度や福祉政策が、所得の再分配に大きく寄与しており、ジニ係数は0.3以下です。
日本の総選挙では、候補者や候補者が属する政党が様々な公約を掲げていますが、この選挙で選ばれる人々が、我々に与える影響を数値化して見せてくれたら、どんなにか、分かりやすいかをと思います。所得格差を問題にするのであれば、世界の国々のジニ係数に比較して、日本のジニ係数がどのような位置を示しているかを明確にし、掲げる政策によりジニ係数が、どのような期間でどのような数値にするのか、その具体的な方法と各階層に与える影響度を評価して欲しいものです。人口1万人当たりの生活保護受給者170人に対する対策が、再配分された後のジニ係数に与える影響は少なくないと思われます。資産1億円以上の富裕層、超富裕層の30人から、所得再配分に分配する原資をどのように引き出し、その結果生じるジニ係数に与える影響を具体的に示してほしい気がします。
アメリカの大統領候補は、所得水準が下位に当たる中間層の所得向上を謳っていますが、その具体的な方策が、国民全体の累積所得にどのように影響し、危険水域に達しているように思われるジニ係数にどのように影響するかを具体的に示す必要があるように思えます。さらに言えば、そのような政策が、アメリカ以外の海外の国のそれぞれの国民全体の累積所得にどのように影響し、その国のジニ係数にどのような影響を与えるのか、数値で具体的に、示してほしいものだと思います。日本でも、アメリカの大統領の選挙結果の影響を心配しているようです。であれば、各候補者の政策が、日本のジニ係数に与える影響や、国民全体の累積所得にどのような影響を与えるかに関しても、理解可能なように解説する報道機関があってもよい気がします。
世の中では、安全に対する支出は、所得にかかわる経済とは別だという考えもあるようです。諸国民の正義を信頼して安全を担保するという理想論を現実の政策に反映すべきという主張もあるようですが、現実論として本気でしょうか。自然災害に対応する安全に関する支出や、国内における犯罪行為の防止や対応に関する支出と同様に、国家間の紛争に伴う安全に関する影響を考慮した合理的説明が必要という気がしますが、その程度を具体的に合理的に説明して欲しいものだと思います。抽象的もしくは観念的な政策に対する説明ではなく、実社会に及ぼす具体的な影響を数値で示す説明が欲しいものだと感じます。
筆者の専門分野は室内の物理環境、特に空調で実現される空気環境です。室内の空調を考える際も、政治家の公約と、その公約が実現される社会を定量的に評価するという考えと、相似の考え方に基づいて検討を行います。政治家に対応するのは、室内の空調の吹き出しや吸い込みの位置や風量を設定する空調技術者や建築家、実現される社会は、室内の汚染物質や清浄空気の分配の性能などです。室内空間を凡そ1万個の小空間の集合として捉え、その小空間で実現される空気清浄度や空気温度に与える、空調吹き出し口の位置や風量、及び吸い込み口の位置や風量が与える影響を数値的に評価し、汚染質の室内の広がりに関して、所得の時に係数に対応する分布の偏りや広がりを所得や資産の不平等性を表す「ジニ係数」と同じように数値的に評価する指標を与えて、室内の空調設計を評価しています。これらは、室内の換気効率指標SVE(Scale for Ventilation Efficiency)として利用可能な形にまとめました。皆様のご利用をお待ちしています。