第六夜 解像

 流れのシミュレーションは、支配する方程式である運動方程式と、連続式を数値的に解きます。運動方程式も連続式もいわゆる微分方程式といわれるものです。 第五夜の微分方程式の解法に関して、今夜は「解像」に関して考えてみたいと思います。

 写真やテレビの画像の解像度の話題が良く話題に上ります。もう、数十年前になりますが、フィルムカメラが徐々にデジタルカメラに移行する際、デジタルカメラ の解像度が、メガピクセルと言われていました。様々な要因が関係していると思いますが、デジタル写真の画像解像度が1メガを超えるあたりから、アナログのフィル ム写真からデジタルカメラによるデジタル画像への移行が進んだように思われます。1メガピクセルは100万画素のことですから、2次元画像をおよそ1000×1000、すな わち一方向3桁の分解能で解像していることになります。

 アナログフィルム感光材の解像度は、分子レベルスケールまで期待でき、より高次の画像解像度も可能かもしれませんが、カメラの光学系の画像解像度が屈折率の波 長依存性による色収差や単収差などの要因による制約のため、実用上、一方向、3桁、4桁の分解能にとどまるのに対し、デジタル画像の分解能が同等に領域に到達し、 アナログフィルムカメラからデジタルカメラへの移行が進んだものと思われます。

 一方向3桁の分解能は、もちろん画像を見る人間側の制約も関係しています。人の視覚における解像度もせいぜい一方向3桁程度であり、それ以上画像の解像度を上げても、 これを認知できる限界を超えているのであれば、人の視覚を利用して情報伝達する画像の解像度をアップさせても、あまりその恩恵は感じられないものと考えられます。

 画像の解像度が一方向3-4桁程度ということは、写真の画像の場合は、カメラの光学系の解像度の制限や人の視覚認知系における空間解像度の制約を受けてのことですが、 工学的など実学の様々な分野での分解能や精度が3桁程度、誤差であれば0.1%程度までで、概ね良し、とされることが多いこと気づきます。今の若い人は、その存在も知ら ないと思いますが、電卓が普及する前、つい30年ほど前は、掛け算、割り算を伴う工学計算は、対数を利用した計算尺で行っていました。計算尺での計算精度は、3桁で、 最終計算の精度は2桁でした。建物の構造計算も、船や飛行機の強度計算も、この精度、解像度で行っていました。ちなみに、筆者は、古い電卓は捨てましたが、高校生時 代に購入したヘンミ計算尺(製造番号2664S)を使用説明書とともに保存しております。インターネットで検索すると、計算尺の会社は社名ももとのまま、今は、電気部品、 流体機械、機械装置などの設計、製造に携わっているとのことです。

 再び、写真画像の空間解像度の話題に戻りますが、写真では、ズームイン、ズームアウトということが良く行われます。画像の解像度は一方向3-4桁で、固定されていますが、 大きなスケールを捉えようとすればズームアウトして、大きなスケール全体を画像に収め、微細なスケールの画像は、フィルターアウトしてしまいます。小さなスケールの微細な 状態を捉えようとすれば、もはや大きなスケールの全体像を画像に捉えることは諦め、捉えたい小さのスケールの対象をズームインして、3桁、1/1000の解像度で検討することが一般的です。

 一方向、3桁、1/1000程度の解像度で、ものを観察し、設計するということは極めて一般的のように思われます。もちろん、きわめて高い精度を要求される工作物もあるとは思いますが、 多くの場合は、高い精度は限られた範囲内に限定し、その範囲内では、有効数字3桁の精度を確保するということが多いように思います。1μの精度の要求は1mmの範囲内で、1mmの精度は1m の範囲内でということです。1mの範囲内で1mmの精度が保証され、1mmの範囲内で1μの精度が保証されていれば、両者の合わせ技で1mの範囲内で1μの精度を保証することも、可能かもしれません。

 流れ場の解析での空間分解能に関しても、まずは一方向3桁の分解能、空間解像度が基本だと感じます。3次元ですと、1ギガ、10億格子点の空間解像度になります。 現在、100万計算格子点は、実用計算でごく普通に行われています。10億格子点の流れ場解析も、学術研究だけでなく、実用計算で使われるようになってきました。 10億格子点の計算が一般的になるのも、それほど先のことではないと思われます。ただ、その先も大規模計算の道を突き進むのかと問われれば、少なくとも工学的、 実用計算では、解析のズームイン、ズームアウトが行われ、むやみな解析規模の増大が図られることは少ないのではないかと思われます。

 流れ場解析で、全体スケールに対して1/1000スケールの形状要素が、全体の流れに大きな影響を与えることは、比較的まれではないかと思われます。逆に言えば、 そうした小さなスケールの現象が全体の流れ場に大きな影響を与えるのであれば、空間解像の解像度アップで対応するのではなく、そうした小さなスケールでフィル ターアウトされてしまう現象の大きなスケールへの効果を、乱流モデルのように、モデリングして流れ場解析に付加する道が、模索されるものと思われます。