第五十八夜 一開口の出入り

 入口と出口は、建物につきものですが、住宅など小規模な建物は、入口と出口を区別せず。出入口としていることが多いようです。一方、大規模な商業施設や多人数が出入りする大規模施設では入場口と出場口を別にしていることも多いようです。最近の鉄道や地下鉄の駅では、自動改札の設置が一般的になり、入場と出場が兼用できる自動改札の他、入場専用と出場専用の改札を設けている例もあるようです。

 入場資格や出場資格をチェックする必要のある出入り口では、入場資格のチェックと出場資格のチェックの程度や手続きが異なることから、兼用するよりはそれぞれ専用の入場口と出場口を設けることが一般的な気がします。セキュリティの厳しい空港などでは、入場口と出場口は完全に分離されています。当然かもしれませんが、入場口や出場口で、忘れ物等の理由で逆戻りして、入場口から外に出ることや出場口から中に入ることはできません。出入口が分離されていると、人の流れはスムースになります。

 多くの市街地の乗り合いバスは、出入り口が2つあり、一方を入口として他方を出口としています。こうしたバスの中では、人の動きは、入口から出口に向かう、一方通行のものと、入口、出口の経路から外れて、人が滞留する場所ができます。近場でバスを降りる予定の人は、この入口から出口の一方通行の経路に身を置き、速やかな乗降を心掛けます。一方、比較的、遠くまでバスを利用する人は、こうした経路に身を置くよりは、人があまり流れない滞留領域に身を置き、落ち着いて外の景色を眺めながら、あるいは車内の様々な人の表情を観察して人間観察の時間を楽しむのかもしれません。バスは、電車に比べ、加減速やカーブなどで慣性力が働く機会が多く緊張も必要ですのでこうした時間を楽しむ余裕はあまりないかもしれません。乗り合いバスと違って長距離バスなどは、滞在時間が、乗降時間に比べ圧倒的に長いので、出入口は一か所だけのことが多く、乗降がある場合は、先に降りる人がバスの外へ出た後、乗り込む人が同じ入り口から乗り込みます。出入りを時間的に分化させて、まずは出口として使い、次に入口として乗降口を使用します。

 こうして考えると、通勤電車は不思議ですね、通勤電車は、一車両に3ないし4の出入り口がります。しかし、乗り合いバスと違い、出口専用や入口専用の出入口があることは稀です(筆者は出口専用や入口専用の出入口を持つ例を知りません)。特急電車などは、乗車券とは別に特別料金を徴収する場合、車両の入り口で特別料金の徴収を確認する必要がある場合などは、特定の出入口を、長距離バスの出入口と同様に、先に降車専用口として使い、次に乗車専用口として使う例はあるようです。不思議ですね。乗客定員の少ない市街地のバスなどでは専用の入口、出口を用意するのに、どうして通勤電車は一車両に3つも4つも出入口を設けているのに入口専用、出口専用の出入り口を設けないのでしょうか。通勤電車でよく見かける行為ですが、出入口の端にスムースな降車を期待する人が張り付いていて実質的に出入口の実質開口面積を小さくしている例をよく見かけます。3つの出入り口のある電車では、例えば中央の出入口を入口専用として、両端の出入口を出口専用とすれば、電車内のスムースな人の流れ、乗降時間の短縮が図れるような気がするのですが、これを読んでいらっしゃる皆さんのご意見はいかがでしょうか。4つの出入口のある電車ですと、スムースな人の流れは少し難しいかもしれませんが、4つの出入り口を交互に出口、入り口に指定すれば、少なくとも電車内の人の流れは、一方通行的になりスムースな乗降が期待できる気がします。

 エレベーターは、一開口です。比較的狭いエレベーター内ですが、定員はかなり大きくとってあり、小規模ビルの小型エレベーターでも定員は8名ぐらいあり、人の出入りの激しい商業ビルなどでは、定員が20名以上のエレベーターも運用されているようです。エレベーターは一開口ですので、エレベーターの扉が開いて降りる人と乗り込む人は、同じ開口を通ることになります。通勤電車の扉と同じで、日本では皆が文化的に洗練されて整列乗車が一般的となっており、まずは、降りる人が優先されていて、扉が開くと同時に降りる人が降り、その後、乗り込む人が乗り込みます。日本は西洋社会と異なり、こうしたところで男女区分はありませんので、まずは女性が優先され、そのあとに男性が続くというような悪しき習慣はありません。ただ、開口が一つしかないので、時間的に出口と入口は分離されます。先に出口となり、降りる人が降りた後、入口となって、乗り込む人が乗り込みます。どうして、時間的に出口が先で入口が後かということに関しては、人口密度による圧力を考えると面白い比喩ができるかもしれません。この比喩の基本は、人の流れは圧力の高いところから低いところに流れるというものです。相対的にエレベーター内は人口密度が密で圧力が外のフロアー部に比べて高くなります。圧力の高いエレベーター内から、圧力の低いフロアー部に人が押し出されるわけです。その後、エレベーター内は人口密度が低くなり圧力は下がります。逆にフロアー部では、エレベーターに乗り込もうとする人々が集まって人口密度が高くなり、圧力が高くなり、この圧力差により、人がフロアー部からエレベーター内に乗り込むというわけです。

 日本で整列乗車が普及する前の通勤電車での乗り降りはいかがな状態だったのでしょうか。開いた扉の出入り口に、電車内の降りるお客が殺到し、ホームから乗り込むお客も同じく出入り口に殺到し、押し合いへし合いしながら降りるお客と乗り込むお客が同時に乗り降りして、服は破れそうに、靴は脱げそうになり、悪くすると人の圧力で、あばら骨が折れたりするような事態もあったのかもしれません。腕力に任せて乗り降りしようとするお客は、大きな圧力を発生させます。低い圧力しか生み出せないお客は、大きな圧力を発生するお客に押し出されて、乗ったり、降りたりすることになるのでしょうか。パスカルの原理の働く液体と違って、人間の圧力は等方的に働かない(すべての方向に対して同じではない)ので、強い圧力に晒されても、その方向から少し外れた方向に逃げ込めば、この圧力を避けることもできますし、押し出されることも防げます。これを上手に行うには、平たい自分の体をフィギアスケートで回転するように、回転させることがうまく働くようです。人の正面や背面は広い面積で圧力をしっかり受け止めますが、人の側面の面積は狭いので、大きな圧力を受けても強い力にはならず、受け流すことも容易になります。これを連続的に行うと、乗降口近くで、人に強く押されても回転することにより、押し出されることなく、同じ位置にとどまれます。(初めて聞く人は一度試してみてください)。電車の中で、乗降のため、強い圧力を出すには、重力を利用することが有効になります。足で体を支えることをやめ、足は残して体を倒していくのです。この体が倒れこむ力を利用すると、かなり強い圧力を発生することができます。行く手をふさぐ人がいるときは、その人に向かって倒れこんで押し込み、前進するわけです。ただし、この技を使うには、前に倒れこむ力を支えてくれる、高い人口密度、がっちりした周囲の人々の輪が必要です。すなわち、ある程度の人口密度がないと、こうした倒れこみの利用は、倒れこまれた人が支えきれず、横に逃げてしまい、本当に倒れこんでしまう危険が生じます。あくまで、体を預けても、前後左右に逃げることができない混雑があって、初めて成立する技です。いずれにせよ、電車の中での人の動きは、圧力の高い場所から、低い場所に移動する原理から免れることはできません。電車内で圧力が高い場所から低いところに向かって、お客は移動し、降りることができ、ホームでは、電車内より強い圧力を発生させてホームよりは低い圧力の、電車に乗り込むことになります。この出入口面で生じる圧力の変動に応じて、電車のお客は、一開口しかない出入り兼用の開口から同時に乗り降りすることになります。

 おまけの余談です。筆者は学生時代、朝は、定員の300%以上の乗車率となる通勤電車で通学していました。筆者が乗り込む駅は、降りる人がほとんどなく、乗り込む人がほとんどの駅でした。しかも、電車は、すでに、前の駅までに多くの通勤客を乗せていて満員状態でくるのです。電車は、車掌さんが扉を開放しようとしても、乗車率の高いところは、扉がすぐには開きません。満員の車内の強い圧力で、扉の戸が押し付けられて、開かないのです。そこを、学生アルバイトの押し屋さんが、取っ手に手をかけて、強引に開けていました。当然のことですが、このように満員状態の車内では、扉が開いて降りる人はいません。降りたくても車内の強い圧力に阻まれて降りられないのです。本当にその駅で降りたい人は、ホームの端に止る乗車率の低い電車に乗らなければ、降りることはできません。筆者はこのような満員電車でも乗り込むことに成功していました。倒れこむというテクニックです。当然ですが、人の正面や背面に倒れこむとケンカを売っているのと同じで、悪くすると殴られてしまいます。人と人の間のわずかな隙間に、わが身を寄せて、倒れこむと同時に足で地面を強く蹴って、低い位置から伸び上がるように隙間に入り込み、満員電車に乗り込むのです。考えてみればひどい時代でしたね。もうひとつ。今では考えられないことですが、電車の窓ガラスが、時々、割れていました。窓ガラスに手をつく人がいて、その圧力で窓ガラスが割れるのです。どんなガラスを使っていたのでしょうかと思います。割れた窓ガラスは危険ですし、その電車を運休するにも、乗客を降ろして後ろの電車に乗せようとしたら、後ろの電車がさらに混乱するのでしょうか、割れた窓ガラスをべニア板でふさいでそのまま、運行していました。電車のシートに座るのも考え物でした。シートに座る人は立っている乗客に倒れこまれて、その人を支えながら座ることになります。また立っている人は、シートの上に倒れこんでしまうので、窓ガラスや電車の壁に手をついて体を支えなければなりませんでした。電車は走行中揺れますから、そのたびに手をついて体を支えなければなりません。手をつく先が、シートに座った人の顔だったりすることもありました。筆者も、座っている人に手をついてパンチしてしまったことがあります。許されましたが・・・。今はもう、そんな満員電車は日本ではないようです。よい時代になったものです。

 今回、人の出入りではなく、空気の出入りということで、部屋に一開口しかない場合の換気に関してその原理を説明するつもりでしたが、紙面が尽きてしまいました。次のチャンスに一開口換気に関して説明を試みます。