第四夜 カップリング

 皆さんよくご存じのように、流れ現象を支配する方程式は、運動量保存を表す運動方程式と、質量保存を表す連続の式になります。

 リンゴが落ちるのも、月が地球の周りを回るのも、運動に関する運動量保存の原則に従っています。運動に働く力は、万有引力の法 則と知られる質量間に働く引力です。流体の流れも、この運動に関する運動量保存の原則に従います。ただ、引力は地球と流体との間 に働くもの以外は、流体の圧力や粘性力による力に比べて、小さいので無視されます。流体に働く引力も、流体運動を解析する範囲内 で均一に働けば実質的に無視できるようモデル化できますし、密度変化などに伴い不均一に働くのであれば、その方向の地球の引力す なわち重力の影響を簡易にモデル化して運動量保存則に組み込みます。

 リンゴや月、あるいは地球の運動は、質量変化を伴いませんので、質量保存則はいつも満足されています。一方、流体の運動を扱う 際には、質量保存則は、流れに関する重要な拘束条件となります。流れは、必ずこの連続の式と運動量保存式を満たして流れるため、 この2つの条件を同時に満たすことが、流れを解くことにつながります。

 3次元空間では、運動の方向には3つ自由度があるため、運動量保存則を表す運動方程式は、それぞれ、独立な3つの運動方向に対 するものが必要になりますので、3つの運動方程式と1つの連続の式の合計4つの方程式を、その境界条件、初期条件に基づき求める ことになります。流体シミュレーションでは、この運動方程式3つと連続の式の合計4つの方程式を同時に満たすように解くことが必 要とされます。この4つの方程式を同時に満たすよう解くという課題が、結構、難しく、多くの人が苦労いたしました。今からもう5 0年近くも前、流体の3次元シミュレーションが我々の手の届くところに来た時代です。今、3次元流体(非圧縮粘性流体)のシミュレ ーションを当たり前のように行う人々には、その当時の開発者の苦労は理解できないかもしれません。今夜は、その苦労を少し振り返 ります。

 連続の式は、仮想の3次元ボックスを考えた場合、流入してくる流量と流出する流量が非圧縮流体では一致するという条件の微分方 程式になります。力を表す圧力はこの方程式にはありません。ここが問題のポイントです。流れのシミュレーションでは、解くべき未 知数は、流れの3次元方向のベクトル成分と圧力の離散化された3次元空間における各離散地点での値になります。各未知数の相互関 係を流体の支配方程式(運動量方程式と連続の式)を用いると、離散化された各地点の未知数の相互関係を示す連立多元二次方程式(元の 数は、未知数の数)ができます。二次方程式になる理由は、運動方程式中の移流項の所為です。これも流体シミュレーションでは大きな 課題の一つになりますが、多元方程式の繰り返し演算による解法の中で疑似線形化(二次項に現れるどちらかの未知数を既知数として扱 う)ことで、一般的には収束解が得られます。線形方程式に比べ反復計算は増えますが、解くことは可能です。当時、問題とされたこと は、連続式に圧力項がないので、連立多元方程式の中に、対角項がゼロとなる方程式群が大量に表れることです。この連立多元方程式の 性質は極めて悪く、反復計算による多元方程式を解くことが困難でした。もちろんこの多元連立方程式を解く工夫は様々にあり、収束解 を得ることもできます。しかし実用的に必ずしも満足できるものではありませんでした。流れが2次元であれば、運動方程式と連続式を、 流れ関数と渦度輸送式に書き換え、比較的容易に流体シミュレーションを行うことが可能でしたが、境界条件の与え方や、3次元問題に 拡張した際の扱いの困難さにより、現在ではあまり使われません。

 この問題を一挙に解決したのが、連続式に運動方程式を代入して、圧力に関するポアソン方程式を導き、運動方程式のみによる連立多 元方程式(圧力は便宜的に未知数ではなく収束計算の途上の暫定値を定数扱いにする)と、圧力によるポアソン方程式から導かれると圧力 に関する連立多元方程式(速度成分は便宜的に未知数ではなく収束計算の途上の暫定値を定数扱いにする)を分離して、それぞれを連成さ せながら解く方法の開発です。1965年のことです。これにより、速度成分と圧力に関する基礎方程式を変数変換することなく基礎方 程式とし(当時、プリミティブ方程式と称しました)を直接解く、数値解法が実用化されました。二つの異なる方程式を同時に満足する解 を求めることをカップリングと言います。両者の合成による大きな連立多元方程式を解く直接的なカップリングではなく、それぞれに対 応する連立多元方程式から得られる暫定値を、互いの繰り返し計算の中で交換して、両者とも満足する解を求める緩やかなカップリング が、良い結果をもたらしました。

 性質の違う二つのグループが共同して何か成果を得ようとする際、一つの組織に集約した直接的なカップリングもよいですが、それぞ れが独立を維持し、緩やかなカップリングによりそれぞれが生かし、素晴らしい成果を得ることも多いかと思います。夫婦の在り方にも 通じますよね?