第三十三夜 ライセンス

 ライセンス(免許)という制度があります。自動車の運転免許、学校で児童、生徒を教育する教師の教員免許、建築などの設計、建設に関わる建築士免許、医師の医師免許など、様々な免許制度があります。免許という名前がついていないかもしれませんが、免許と同様、専門的業務をなす資格があることを認定する弁護士資格、会計士資格、技術士資格などの資格制度もあります。人の社会は、高度な社会的機能を発揮するため、多くの専門職があり、専門家が独占的に業務を行っており、業務従事の資格や免許のないものが、そうした業務をなすことが排除されています。CFD千夜一夜の第三十二夜では、昨夜になりますが、「運動スキル Motor Skill」や「社会的スキル Social Skill」に言及しました。社会的人として共通に持つことが期待されているレベルの「運動スキル」や「社会的スキル」について、お話しました。標準的なスキルに比べ、より高度な「運動スキル」や「社会的スキル」を持つことが期待されている業務に関しては、社会的に認定された資格や免許がないと、その業務を行うことが認められません。

 スポーツや芸術の社会で、このようなライセンスはあるのでしょうか。自身やほかの人の安全にかかわる分野、特にスポーツの世界では、ライセンスが必要な場合もあります。いわゆるモータースポーツの世界などではライセンスを持っていることが前提とされます。スキーや、登山など様々なスポーツでは、人命が失われることや、障害を負うリスクがありますが、ライセンスはありません。尤も、スポーツの世界でも資格認定はあります。ボクシングやゴルフなどのプロスポーツにはプロライセンスがありますし、一般的なアマチュアスポーツでも、初心者や初級、中級者を指導するコーチなどには、教師と同様、コーチの資格が認定されることがあります。柔道や剣道など、いわゆる「道」のつくスポーツでは、技量を認定する制度もあります。芸術の世界では、美術や工芸、音楽なども含めて、ライセンスが必要という分野はあまり耳にしません。プロフェッショナルな芸術家は、ライセンスこそありませんが、公開された作品に関して、多くの人々、仲間内や批評家も含めて吟味されます。このような評価の過程で、暗黙の序列や専念できる一定の稼ぎのレベルが形成され、プロとしての暗黙の資格が生じています。

 「運動スキル」や「社会的スキル」などの獲得スキルは、一度獲得すると脳や身体に重大な損傷を受けない限り、大きく損なわれることはありません。したがって、ライセンスも一度獲得すれば、一生涯、有効としてもそれほど不合理なことではありません。しかしながら有効期間が設定されることがあります。ライセンスに対する有効期限の設定には、2つの側面が考えられます。一つは、ライセンスを受けた人の技量が年月とともに衰えて、ライセンスの資格要件を満たさなくなるリスクを避けるためです。今一つは、社会の発展により、ライセンスに求められる技量の内容に変化が生じ、ライセンスを受けた人の技量が、時代の変化により変質した資格要件を満たさなくなるリスクを避けることも考えられます。技術革新著しい建築士や人の命を預かる医師のライセンスなどは、このようなリスクに絶えずさらされます。ライセンスの有効期限があってもよい気もします。かつて無期限であった教員免許には10年の有効期限が設定されましたが、今のところ建築士や医師のライセンスには有効期限は定められていないようです。

 自動車の運転免許なども、ライセンスを受けた人の技量の時間的変化と、自動車関連技術や交通インフラの進展により、ライセンスの資格要件の変質に伴う有効期限の設定が考えられます。しかし後者の変化は、資格要件の緩和や有効期間の延長につながる気がします。いかがでしょうか。ところで、自動車の運転免許証には、顔写真や住所などの記載があります。身分証明書としての機能も果たしています。役所や銀行、様々な場面で、運転免許証に限りませんが、多くの場合は運転免許証の提示が求められます。人の容貌などは数年単位で変化しますし、住所地なども短期に変更されることも多いことを考えると、自動車免許証の有効期限は、自動車運転に対する運転技量や交通規則などの理解などの資格要件の観点からではなく、身分証的な観点から5年間(かっては3年間でした)という短期の有効期限になっているのではないかと邪推してしまいます。運転免許証の更新は、これを取り扱う機関の結構な収入になっており、そのお陰で生活している人も多いと言われています。これが理由で、有効期間を長期にはしないという、真偽不明のうわさもあります。噂です。

 筆者も運転免許証を取得して、十数回の免許更新を重ねました。更新時の資格審査は視力検査だけです。更新手続きのため、結構な時間を費やします。受付、更新手数料の支払い、視力検査、住所氏名確認、写真撮影と、それぞれの手続きごとに、窓口に列を作って、ならんで待つという労力も使わされます。お上の権力の前にひれ伏して、免許更新のお許しを頂きに参りましたということを、数年ごとに体験させ、御上の有難さを体験させているのでしょう。この数年ごとに繰り返させられる免許の有効期間の設定に一体どのような根拠があるのかしらと、ついつい考えてしまいます。免許の色にも不満があります。ゴールドとブルーの違いは大きいです。免許証の色の違いで任意保険料が年間、1万円近くも変わってしまいます。身分証明書代わりに提示する際、色の違いで、順法精神がチェックされるので気分も悪くなります。ブルーを一刻も早くゴールドに変えたいと思うと、免許の有効期間は短いほうが、良いのではないかと錯覚します。御上の陰謀かもしれません。恐ろしいことです。

 話題を変えます。CFDの解析技術の話をしましょう。専門技術や知識で、他の人にアドバイスする職業の多くは、公的な資格審査があり、資格を持っている人は、一定の技量を備えていることが証明されます。流れの解析は今ではかなり一般化しています。流れに関わる様々な分野で、流れの数値解析(CFD)が利用されています。CFDを利用して流れを解析するには、相応の専門知識と経験が必要です。適当に解析しても、AI技術により、専門知識がなくても実現象に良く対応する解析結果が得られ、それを設計などに生かすというわけにはいきません。まだまだ、相応の専門知識と経験が必要と感じています。今のところ、CFDの解析技術に特化した公的な資格認定制度はありません。ISOやJISなどでは、多くの計測技術に関して、信頼性のある計測を行うため、計測機器の仕様や手順、またこれを扱う技術者の資格要件などの標準を定めており、ISOやJISに沿った計測を行えば、標準的な信頼性を確保した計測を可能にしています。計測の分野ばかりでなく、数値計算を利用した性能試験に関してもISOやJISがあります。建築系では、建物や、建物部材の断熱性能を、その仕様から実際の計測によらず、計算や数値シミュレーションで評価する手順を定めています。流れの解析の分野でも、需要の多い解析分野に関しては、将来、解析従事者の資格要件を定めることが将来、社会的に求められても良いように思われます。世界を見回すと、火災安全など、安全に強くかかわる流れの解析分野では、解析技術の標準化と解析技術者の資格要件が定められる傾向も見聞きします。