第二十四夜 楽しいことを考える

 映画、「サウンド・オブ・ミュージック:The Sound of Music」をご存知ですか。もう55年前にもなる古い映画です。 ロバート・ワイズ監督、ジュリー・アンドリュース主演のミュージカル映画です。私の周りには、この映画の熱狂的なフ ァンがいて時々、驚くことがあります。オーストリアのザルツブルグが舞台です。もう10年以上も前のことになりますが 、筆者の知り合いで某大学の学長を務められた方が、国際会議でザルツブルグに出張する機会があった時、この出張をと ても楽しみにしているとおっしゃいました。国際会議での発表がありますから、そのことを楽しみにされるのかと思いま したが、訳を尋ねて少なからず驚きました。サウンド・オブ・ミュージックの舞台となったザルツブルグの町に行き、映 画の様々なシーンを肌で感じる機会を得たことが楽しみだとのことです。もちろん、会議終了後の出張日程の都合で生じ た休日に、ささやかなおまけの楽しみということです。ほとんど仕事上でのお付き合いで、休日に一緒にゴルフに行くと か、キャンプに行くとかというような余暇をシェアするほどの個人的な関係はありませんでしたから、その人が仕事以外 にどのような興味をお持ちかは知りませんでした。仕事一筋の真面目一方の人だと思っていたのに、ミュージカル映画、 しかもファミリーが一家総出で楽しむハートウォーミングな映画がお好きなんだということに、人間を感じ、少しの意外 性を感じました。筆者の兄弟の一人にも、このサウンド・オブ・ミュージックが大好きで、日本で公開された時から何回 もロードショウを見に行き、テレビで放映されるときは必ず視聴し、サウンドトラック盤のLPレコードを購入し、良く聞 いている者がいます。その熱は少年期から途絶えることなく続き、サウンドトラック盤のCD、映画のビデオ、DVDも購入し 、今日までも時々、聞いたり、見たりしているということです。

 筆者は、「リング」のようなホラー映画を除けば、どんな映画も見ます。ただ、シリアスな映画は苦手です。脳のミラ ー細胞(Mirrorneuron:自らが行う場合と同様に、他人の行いを見るだけで、活性化する神経細胞、共感の源泉?)が活 性化され、心動かされて感動したり興奮したりしている自分を発見すると、自分が自分でないような気がして気恥ずかし さを覚えます。娯楽としての映画なら、勧善懲悪的なストーリー。ヒーローが絶体絶命な危機の中にあっても必ず生き残 って使命を果たす、心理的に極めて安全な映画が好きです。サウンド・オブ・ミュージックは、別に涙を流す必要もない し、強く感情移入をする必要もないので、楽ちんに見ることができ、好きな映画です。時々、サウンドトラック盤のCDを 聞くこともあります。機会があれば、ザルツブルグに行って、映画のロケ地を見てみたいとも思いますが、未だもって実 現させておりません。兄弟の一人や知り合いの某大学の学長などに比べると、冷めているのでしょう。映画では、アルプ スの山々を背景にした緑り豊かな丘の上の場面がしばしば出てきます。その景色には強いあこがれを感じます。連なる岩 山の山々が空高く間近に迫る中の緑の穏やかな丘に立つジュリー・アンドリュース演ずるマリアとその歌声は、絶好の舞 台のように思えます。ところで、映画サウンド・オブ・ミュージックの解説本によると、筆者のあこがれるあの山の景色 は、ザルツブルグでのロケではなく、スイスでのロケだそうです。そんなわけで、例えザルツブルグに行ったとしても、 某大学の学長ほどには感激しないと思っています。40年ほど前に仕事の関係で、スイスに行ったことがあります。休日を 利用してグリンデルワルト(Grindelwald)に行きました。サウンド・オブ・ミュージックのロケ地か否かは知りませんが、 アルプスを背景にした緑豊かな丘陵地を見て、いたく感動しました。無意識にサウンド・オブ・ミュージックで見た景色 を思い出し、ミラー細胞が騒いだのでしょう。その感動を共有すべく日本の家族に国際電話を一時間以上もかけてしまい 、宿代の数倍にもなる国際電話通話料を宿賃と一緒に支払いました。クレジットカードが効かず現金払いでした。現金が ないというと、近所のATMを教えてくれました。往生したので今でも忘れられません。どうしてたかが山を見て感動する のか、誰か教えてくれませんか。山登りにどうして山に登るのかと尋ねると、「そこに山がある。」と答えるのと同じで 、人に埋め込まれた本能の仕業なのでしょうか?

 サウンド・オブ・ミュージックの中では数々の歌が歌われますが、その中で「私のお気に入り:My Favorite Things」と いう歌があります。ファミリーの長女リーズルと電報配達のロルフが歌う「もうすぐ17歳:Sixteen Going on Seventeen」 の後の場面です。家の外は雷雨で、雷を怖がるファミリーの子供たちがマリアの部屋に集まってきたときに、 「哀しい時、つらい時は楽しいことを考えましょう」と教える歌です。お城のような家の中にいて、子供たちは本当に雷 なんかを怖がるのかしらと、この場面のリアリティを考えてしまうのですが、「哀しい時、つらい時は楽しいことを考え ましょう」という考え方には共感します。好きな場面です。話は変わりますが、映画「風と共に去りぬ:Gone with the Wind)」 は、今から80年も前にヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルが主演した映画で、日本でも大変人気の高い映 画の一つと言われています。ヴィヴィアン・リー演じるスカーレットが娘を亡くし、クラーク・ゲーブル演じる夫のレッ ド・バトラーにも見捨てられて、最後に言うセリフが「結局、明日は別の日だから:After all, tomorrow is another day.」 です。今日、哀しく、つらくても、「一晩寝れば、癒されてまた別の明日が来るサ」ということです。「一晩寝れ ば癒される。」と言っているようです。

 2020年のお正月以降、日本はそして世界は、COVID-19という感染症の戦いで、暗い日々を過ごすことが多くなりました。 サウンド・オブ・ミュージックは、つらいときは楽しいことを考えよう、風と共に去りぬは、よく寝れば癒されます、と 言っています。毎日、楽しいことを意識して考え、都合の悪いことはくよくよしても始まらないので良く寝て忘れましょ う。今日とは違う明日が来ます。