第十八夜 未来を見通す補外

 ジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)は、すでに故人ですが、ケネディなど民主党系の米国大統領の経済顧問を務めたことでも有名な、 米国ハーバード大学の経済学者です。彼の著作の「不確実性の時代」は、1978年に日本で経済学書としては異例の50万部を売り上げ、ベストセラーになりまし た。あるいはご記憶方もいらっしゃるかもしれません。彼の著者に、日本で1984年に出版された「権力の解剖」という本があります。1970年に日本でベストセ ラーとなったイザヤ・ベンダサン著の「日本人とユダヤ人」の訳者、実は著者である山本七平が、訳したということで、山本七平のファンであった筆者は、ガ ルブレイスの名前ではなく、訳者の山本七平の名にひかれて、この本を購入し、読みました。今、調べてみるとこの訳書は、絶版です。ガルブレイスの代表的 な著書リストに含まれていないことも多く、多分、彼の著作の中では駄作の部類であったんだろうと思われます。訳者としての山本七平も残念だったに違いあ りません。筆者も山本七平の名を惜しみ残念です。しかし、本の題名の「権力の解剖」は実に魅力的です。権力の構造を理解するなんて考えただけでもウキウ キしそうです。権力の構造を知れば、簡便に権力を入手できるかもしれません。また権力に逆らって自分の意見や行動を通すことが容易になるかもしれません。 まさか、意識して、そんなつもりで本を購入して読んでみたわけではありませんが、社会に出たてで、いつもペコペコ、権威に虐げられている印象の毎日を過 ごしていた者にとっては、潜在的なそうした権力奪取の欲望があったのかもしれません。

 35年も前のことで、ガルブレイスがどのように権力を解剖したかは、はっきりとは覚えていません。しかし、学習や慣習などの条件づけで、ソフトに権力が 構成されているとう解釈は、往時の全体主義的国家における国家権力や、自由社会での大量のコマーシャルに頼るマーケティングで、誰しも意識していたこと に思えます。しかし筆者にとっては、この本が身近な人々が権威を振るって権力を行使できる理由を考えるきっかけになりました。面従背反の人も中には多く いるかもしれませんが、権威を振るう人に何故、多くの人は従うのか、あるいは従っているように見えるのでしょうか。筆者の場合、大学におりましたので、 学者として権威を振るう人は、どのような条件を得れば、権威を振ることができるのでしょうか。逆に権威を振るおうとしても、認められず、いたずらに空回 りしている人は、何を欠いているのでしょうか。知りたいと思いました。皆様は、どう思われますか。

 当事の筆者の結論は、預言能力が、権威、権力の根源だというものです。まだ実現していない不確実な未来を正確に記述し、そこに至るあるべき道筋を正確 に示していると、ほかの人に信じさせられる能力を持った人が、預言者になり、預言者として権力を把握します。古代のシャーマンから中世、現代につながる 宗教指導者が権力を持ちえたのは、この理由によるのではないかと思います。預言能力が衰えた預言者は、権力を失います。権力の維持には、預言能力を維持 しているということへの信頼の証が必要です。預言能力が衰えても、その予言に対する他者の信頼が継続する限り、権力は維持されます。筆者がこれを確信し たのは、権威を維持していると思われる人々の中の一人に関して、その実行力、意志力の強さを間近で観察できたゆえです。

 まず、あと数年後に技術は、このように展開すると予測を述べます(預言です)。持ち前の意志力の強固さで、また困難をものともせず、これを実現する実 行力により、予測(預言)を実現させます。このことを多くの人が知った時、その権威は確立し、権力基盤が確定します。並外れた意志力の強固さや、困難を 乗り越える実行力は、間近の人には見えても、多くの人には見えません。この見えないことも大事です。自分には説明できないが(ここが肝です)、この予言 者はなぜかわからない(不確実な)未来を見通す能力を持った人として、信頼します。この信頼により、人は預言者の意志によって行動し、預言者に権力を与 えます。

 突然、CFDの世界に戻ります。CFDの実行の際、解析対象の空間の解像度をどの程度にするかは、大きな問題です。解像度が低いと、CFDは、多くの誤差を含み、 結果を信頼することができません。どの程度の空間解像度が必要とされるか、これは一種、預言者に託された問題に似ています。預言者が指定した解像度でCFDを 実行すれば、精度の高い結果が得られ、預言者に逆らって、解像度を上げれば無駄な計算を費やすことになり時間と金を無駄にします。解像度を下げれば誤差の多 い信頼できない結果を手にすることになります。空間解像度を的確に指定する預言者が必要です。

 実は、この予言は、とても簡単です。ガルブレイスのような経済学者が、1年後、2年後の経済状態を予測するよりはるかに簡単です。彼らの予測の基本(反論も あるでしょうが)は、補外です。現時点と比較的、経済の操作要因状況が類似している少し前の状態から、未来を補外して予測するのです。補外の方法に様々な工 夫があるかもしれません。CFDの空間解像でしたら、まずは経験に基づいた空間解像でCFDを実行し(これが現時点です)、次にこれより少し空間解像を落として解 析し(空間解像度が低いので実行時間は短くて済みます)、この二つのCFD解析結果を利用して、空間解像が無限大に細かい真の解を補外で見つけるのです(創始者 に習いRichardsonの補外法といいます)。簡単でしょう? 筆者はこんなにも簡単で参考になる未来予測法が、おおくのCFD実行者に利用されていないのが不思議でなりません。