第十五夜 サイエンスフィクション

 記念すべき十五夜はFullMoonの美しく明るい夜を思い出し、SF(サイエンスフィクション)の話題にしたいと思います。 話が飛んで申し訳ないですが、初対面の外国人と親しく会話するときの話題で、差しさわりがないものは何でしょうか。 日本や相手の国の文化や習慣の話をするのが無難でしょうが、相手方が必ずしも興味を持つわけではありません。クラシック音楽や絵画の話題も差しさわりがない気がしますが、会話の話題にするには相手方も自分と同じ程度の興味、また相 応の知識がないと、長く話すことは難しくなります。経験的に、相手方の男女にかかわらず、話が弾む話題は、児童向け の童話や小説などですが、特に科学技術に関係する人には、子供向けにやさしく書かれたSFで盛り上がることが多い気がします。

 もう、公開されて30年以上経過し、ご存じない方も多くなってしまったのかもしれませんが、ハリウッド映画で、チキ ン(臆病者)と言われると前後を忘れて無茶をする高校生マーティとジウジアーロのデザインによるデロリアンDMC-12を 改造したタイムマシンを作ったドグが時間旅行するBack to the Futureの3シリーズのコメディが世界的にヒットしまし た。「世界的」は大げさすぎるかもしれません。でも、中国の改革開放後世代の最近の留学生に聞いてもBack to the Future を知っているとのことでした。中国でも知られているということで、少々強引ですが世界的といってもよいでしょう。 この映画は1985年を起点にして前後30年の1955年と2015年、および100年前の1885年のアメリカ西海岸地方が舞台です。 三作目のPart3では、主役マーティの影を薄め、相方のドグの活躍に着目して3部作のマンネリを避けています。話が横 道にそれて、なかなか本題に入らず恐縮ですが、ここでは20世紀人のドグが19世紀人の学校の先生クララと恋仲になり ます。2人はSFの父ともいわれるジュール・ヴェルヌの愛読者であって、それで意気投合したというエピソードになって います。ジュール・ヴェルヌの作品は、祖父の時代も孫の時代も皆が知っている、少し科学的でワクワクするような冒険 的でそして教訓的な側面を持ったSFの代表のようにも思え、100歳年齢の違う男女の共通の話題になり得て、映画を見る 観客もよく知っていて、みなが自然と納得すると脚本家が考えたのでしょう。

 ちなみに筆者は子供時代、ヴェルヌの「80日間世界一周」でのエピソードで、地球を東回りで旅行をすることは時間を 稼ぐこと、節約することで、世界一周で1日分の時間を稼ぎだし、81日間の行動が80日間分になるという理屈が全く 納得できず、ずっと苦しみました。筆者は専門が建築です。大学では「建物の日陰の予測」で重要となる「日影線図」を 学びました。この時一緒に習う「太陽時」、「平均太陽時」を学んだとき、子供時代に抱いたこの謎が解けるべきだった のですが、残念ながら本当にガッテンしたのは教員になってからで、実にこれに関わる試験問題を作った時のような気が します。読者の皆様、お子様にこの疑問を聞かれて科学的に説明できますか?19世紀のジュール・ヴェルヌさんやその読 者は、しっかりとガッテンしていらっしゃるようですが。

 ジュール・ヴェルヌはフランス人で、西洋文化圏のヨーロッパや北米でポピュラーなのは、当然ですが、日本でも明治 の時代から翻訳されて、少年少女も愛読しています。筆者も小学生向けに翻訳されたヴェルヌの多くの作品を、繰り返し 読みました。筆者の場合、最も好きだった作品は「原題:2年間の休暇、15少年漂流記」で、初めて「15少年漂流記」を 読んでからもう60年近く経過したと思いますが、登場人物の名前やまつわるエピソードをまだ覚えています。子供ながら アメリカ人気質、相当な依怙贔屓があるように感じますがフランス人気質、イギリス人気質が交じり合うも小社会で様々 な困難や課題を解決する様子は、現実社会に投影することも可能なように思え、子供たちの社会に対するイメージ形成に 大きな影響を与えるように思えます。ヴェルヌのこうした小説は、初対面の外国人も子供時代に読んでいることが多く、 小説の中に描かれたエピソードに関してそれぞれの感想を交換すると、打ち解けてとても親しくなった印象をお互いが持 ちます。その後の円滑な人間関係を構築するのにもずいぶん役立つように思います。

 SFに限らず多くの小説は人間模様を描きます。筆者には、これが流体シミュレーションなどの物理現象のシミュレーシ ョンと極めて類似しているように思えてなりません。物理原理に対して、初期条件や境界条件を与え、必要であれば様々 な擾乱要素を与えて、物理シミュレーションを行い結果を分析します。同様に様々な登場人物に、様々な行動原理、感情 原理と擾乱要素を仮定し、時代背景、社会状況、家族状況などを与えて、登場人物がどのような感情を持ち、行動するか をシミュレーションし、これを分析して物語、フィクションが作られます。ヴェルヌの「15少年漂流記」は、ヴェルヌの シミュレーション結果、フィクションですが、時代背景を変え、登場人物を変え、周辺状況を変えれば、シミュレーショ ンの結果は様々に異なり、様々なドラマ、フィクションが生み出され、面白い展開になるかもしれません。シミュレーシ ョン好きは、小説家の素質を持っている気がします。