第十三夜 便利さ故に馬鹿になる

 先日、海外出張した時の経験です。12時間を超える長いフライトでしたが、飲み物や食事のサービスの後は、どうしても機内のトイレが混雑します。 アメリカ行きの飛行機の場合、トイレの周りに、人が集まるのも禁止というアナウンスが流れますが、混雑時にはトイレの周りに順番待ちの人が集まり ます。飛行機の座席からトイレの空き具合を示すサインが見えるので、順番待ちをしなくてもいいようにも思えるのですが、サインはすべての座席から 確認できるので、トイレが空いても、より近い座席の人に横取りされてしまうリスクを抱えることになり、トイレの周辺にたむろしない限り、なかなか 用足しができません。不本意ながらトイレの周りに集まって、順番待ちをすることになります。

 妙齢の女性の後に並んだのですが、トイレに入って、驚きました。便座カバーを開けると、便器に真っ赤な水と紙が浮いていたのです。飛行機のトイ レには男女の区別がありません。日頃、女性のトイレに入ったことなど、ありませんのでびっくりしました。女性だから忘れるはずがないということは ないのでしょうが、用を足した後、順番待ちの並んでいる人のことも配慮されたのでしょう、焦って水に流すこと、すなわちフラッシュすることを忘れ て、次の人にトイレを譲ったのかもしれません。飛行機のフラッシュ用の押しボタンが分かりづらく、フラッシュできなかったのかもしれません。

 日頃、自宅や職場以外のトイレにお世話になることは、少ない方だと思っていますが、駅や施設などでトイレを利用することは、それでも度々ありま す。そうした場合、そのほとんどは小便器の利用で、便座カバー開けて用足しをする経験は、それほどありません。最近の飲食店などは、男性用の小便 器を置かず、男女兼用の洋便器だけを置く例も多く、便座カバーを開けて洋便器を利用する機会も増えました。そうした自宅以外の便座カバーがついて いる洋便器を使用して感じることは、最近、用便後にフラッシュしない人が増えたことです。男性用の小便器はフラッシュしない不逞の輩が今までも結 構いる気がしますが、大便のフラッシュしない人は、昔はほとんどないと思っていましたが、最近はそうでもないようです。

 この原因には、2つある気がします。一つは、便座カバーを閉めるタイミングの問題、今一つはフラッシュの自動化の問題です。用便した人が便座カ バーをフラッシュする前に閉めてしまうと、もう汚物が見えませんからフラッシュを忘れてトイレから出てしまってもフラッシュ忘れを気付きません。 見えなくすることは、この意味、危険なことです。最近の日本メーカーの便器は、家庭用であろうと業務用であろうと用便後、自動でフラッシュする機 構が取り付けられ、便器から立ち上がると一定時間後に自動でフラッシュする便器が、普及しています。意識してフラッシュボタンを押さなくても、自 動フラッシュしてくれるので、フラッシュを意識する必要がありません。いつも用便後、自動フラッシュでフラッシュしている便器に慣れ親しんだ人は 、自動フラッシュする機構がない便器での用便後、フラッシュするボタンを押すこと忘れてしまうのかもしれません。

 見えなくすることや自動化は、結構危険です。車の自動運転もそうですが、自動化は操作する人の責任感や当事者意識を低減させます。自動運転の途 中で、運転する人にある程度、責任をもたせようとすると、自動化が進んでいるがゆえに運転する人の当事者意識は低減しており、結果としてリスクが 上がってしまいます。便器の自動フラッシュや便座カバーをフラッシュ前に閉める習慣も、用便後のフラッシュへの「意識」が低下して、ついうっかり 、フラッシュすることを忘れてしまうことがありそうです。

 流体シミュレーションは、開発された後にかなりの年月が経過し、使い込まれる過程で、多くの面倒な手続きが自動化され、シミュレーションの実施者 からは見えなくなっています。自動化や見せない技術は、シミュレーションの実施者が流体シミュレーションに不慣れであっても、シミュレーションの表 面的な実行を可能にします。しかしこれは、シミュレーション実施者の当事者意識を低減させ、あたかもシミュレーションコードが、シミュレーション結 果に責任を持っているように錯覚させているように思えます。トイレの便器がフラッシュされていないのは、トイレ使用者に責任があり、便器に責任はあ りません。シミュレーション結果に対する責任も、シミュレーションコードにあるわけではなく、それを使う人に責任があります。