第一夜モノローグ「非圧縮粘性流体」

 流れのコンピュター・シミュレーションに関し、千夜一夜物語にちなんで、一夜一話の要領でお話しします。 シェヘラザードが、命がけでシャフリヤール王に聞かせたお話はまさに一夜一話でしたが、コンピュター・シミ ュレーションにちなんで、そんなにたくさんのお話ができるか否か不安ですので、まずは一か月一話のペースで進めます。

 千夜一夜物語は、子供のころに親しく読んだ船乗りシンドバットやアリババと40人の盗賊など、皆さんもなじ みが深いと思います。ただ、私の場合、お小遣いをためて、中2の夏、ドイツグラムフォンのLP、カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー演奏のリムスキー・コルサコフ作曲、シェヘラザードを聞いた時の感動が忘れられ ません。シェヘラザードを象徴する独奏ヴァイオリンの主題が、中坊の男の子に、清らかで美しい女性を想像さ せ、シャフリヤール王と毎夜を共にするその背景もあって、頭に染み付いてしまっています。最近は、あまりし なくなりましたが、親しい人へのプレゼントに、このLPや後のデジタル・リマスターされたCDをよく使いました。 高校時代、確か3年生の時だったと思いますが、スイス・ロマンド管弦楽団を指揮していたエルネスト・アンセル メが亡くなり、友人たちがアンセルメの音楽の良さを話していましたが、私は、名盤と言われたアンセルメのシェ ヘラザードより、カラヤンのシェヘラザードの方が、遥かに色彩豊かで、テンポの緩急のメリハリがあって好きで したが、それほど演奏を聴き比べたわけではなく、おとなしく友人たちのアンセルメ賛歌を聞いておりました。今 でも、時々、このカラヤン指揮のシェヘラザードを聞きますが、結婚して何十年も過ごし、女性に対する幻想も薄 れてしまったためか、中坊のころに感じたトキメキを感ずることができず、音楽鑑賞にも賞味期限を感じています。 なお、この高校時代友人への対抗意識でしょうか、私は様々なフィルハーモニーをアンセルメ指揮とカラヤン指揮で 聞き比べて、アンセルメ指揮の方が良いと思ったことは一度もありません。我ながら、子供っぽいかもしれません。

 さて、第一夜のモノローグは、「非圧縮粘性流体」にしましょうか。MACH数が0.1以下、最大でも30m/s程度以下の 風速にしかならない空気の流れの解析をする場合、支配方程式は、「非圧縮」粘性流体が仮定されます。流体力学を 学んだ経験がある人にとっては、耳慣れた言葉かもしれませんが、専門家でもなく、目に見えない空気の流れをCFD(Computational Fluid Dynamics: 数値流体力学) で解析し、解析結果をComputerGraphicsで可視化して、まずは見てみようという、流体力学とは距離のある人々にとっては、 「『非圧縮』粘性流体とは何?」ということになるのかもしれません。タイヤの中の圧縮空気などを思い出すまでもなく、 身の回りに圧縮される空気など、山ほどあります。圧縮されない空気など身の回りにあるものか・・・という気分になります。 いったい、どこのどいつが、「非圧縮」などという紛らわしい言葉を使いだしたのか、と言いたい。

 気体は常温常圧の範囲で、温度変化のみならず圧力変化によってもその密度を大きく変化させる「圧縮性の流体」です。 流れの時間的空間的変化による流体圧力の変化がその密度変化に大きな影響を与える場合、圧力と密度の関係である流体の 弾性的性質を考慮した解析が必要となります。しかし、その程度が小さく、また流れ場の弾性的性状の解析に興味のない場合には、 流体の弾性波(密度波あるいは圧力波)を無視して流れ解析を行うことがあります。この空気の「弾性的性質」を無視できることを、 誰かが「非圧縮」と言ったのです。「非弾性」の方が分かりやすいですよネ。別に皆さんの同意が得られなくてもがっかりはしません。