第9回 低炭素街区シミュレータ

 最近、SDGsが注目されています。SDGs(Sustainable Development Goals【持続可能な開発目標】)はご存じの方も多いと思いますが2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年~2030年の15年間で達成するために掲げた17の目標(スローガン)が定められており、最近ではポストコロナの道しるべとも言われています。

 ここでは飢餓や貧困撲滅、健康、エネルギー、気候変動、まちづくり、生態系維持等人類にとって共通の重要なテーマが17項目にまとめられています。

 建築(環境)系技術は17項目中11項目に関連すると言われています。いくつか紹介すると例えばスローガンの3番目の「すべての人に健康と福祉を」については室内空気質や健康的な街づくり、ヒートアイランド対策等が関係します。

 7番目の「エネルギーを皆にそしてクリーンに」については省エネ、再生可能エネルギー、ZEB、エネルギーセキュリテイ等数多くの建築環境系技術が関連します。

 11番目の「住み続けられるまちづくりを」には街づくり、BCP,グリーン建築、スマートシティ、エコタウン等が関連します。13番目の「気候変動に具体的な対策を」にはCO2排出削減やLCCO2等が関連します。

 このような最近の世界的規模での社会動向を踏まえると、建築環境関連技術も室内のみでなく、屋外、周辺、さらには街区・都市までの広い範囲でかつ内容的にも多くの環境要因を考慮すべき時代になってきていると言えます。

 SDGsが提唱される以前から地球環境問題と建築は関係が深いものとされ、地球環境建築、環境共生建築、サステナブル建築等が注目されて来ました。我が国では東日本大震災(3.11)を契機として特に「エネルギー問題」が一層重視されるようになり、それ以降低炭素型の未来都市、スマートシティ等のコンセプトも出現しました。

 ではCFDを中心とした解析技術はこのようなテーマに対しどのような貢献ができるのでしょうか?ビル風、ヒートアイランド解析、自然換気、室内温熱快適性評価等、部分的?にはすでに様々な試みが行われてきていると言えます。しかし、CFD単独では上記の中心テーマの一つである「エネルギー問題(省エネ、創エネ)」への貢献に限界があります。そこで筆者らは今から遡ること10年ほど前「低炭素型の建築・街区計画支援のためのシミュレーション手法の開発」というタイトルで建築学会に11連報で論文発表しました。これはCFDを中心にしつつもエネルギー解析要素を組み込んだ環境評価システムです。

 当時から、(勿論現在、将来も)低炭素型社会の実現に向けては、パリ協定に代表される温室効果ガス削減に寄与する取り組みが当然必要です。建築の分野においても建物配置・形状等の工夫による建物の電力・熱負荷削減、建築的手法によるエネルギーシステムの効率化と再生可能エネルギー利用等が一層重要となります。

 本シミュレータはこのあたりの「社会的空気」を読み、気流・温熱環境解析に空調負荷解析とエネルギー解析を連動させたシステムということができます。

 具体的には各建物の各機器からの排熱を顕熱と潜熱に分けて、1時間毎に1年分算定し、気流・温熱環境解析に出力する、或いは気流・温熱環境解析による風速や日射を1時間毎に1年分エネルギー解析に出力し、立地場所に即した風速や日射量を用いて、太陽光発電や風力発電の発電量を計算することを可能にする等の機能を持ち合わせています。

 本論文は国際学会シンポジウムに提出して最優秀論文賞を受賞しました。

 SDGsや低炭素型建築・都市のような大きなコンセプトの分野を解析対象とするには、さまざまな技術をCFD技術と連携する必要があります。逆に言えばCFDを様々な関連技術と複合させることにより、上記のような検討を行うことが(ある程度)可能になります。

 しかし、本システムはコンセプト重視で実戦経験が乏しく、機能的にもまだまだ不十分な点があります。特に当時~現時点では省CO2の視点を中心に評価していますが将来の方向性としてSDGsにもあるように健康性、快適性に加え(CFD からやや離れますが)省資源性や生物多様性といった視点も追加して評価軸を拡張し、様々な評価軸から最適な建物・街区を社会に提供できるようにする必要があると考えています。