第7回 Rapidprototyping 技術

 皆さんはRapidprototyping(ラピッドプロトタイピング)という言葉をご存じでしょうか?Wikipediaによるとラピッドプロトタイピングとは製品開発で用いられる試作手法で、文字通り高速に製品を試作するための手法です。筆者がこの言葉を耳にしたのは民間建設会社でCFDを開始した30年ほど前の頃でした。建築におけるCFDシミュレーション技術は建築環境試作のための行為そのものとも言えるため、以降現在に至るまでこのRapidprototypingというコンセプトを強く意識するようになりました。

 従来の建築環境設計法とRapidPrototyping法との違いはざっくり言うと以下のようなものになります。少し専門的で理屈っぽくなるかも知れませんがご容赦ください。

 一般に建築環境設計においては設計法がマニュアルや資料集として整備されておりこれに沿って設計が行われます。明らかにマニュアルによる設計では不十分と考えられる場合やどうしても詳細を再確認したいという場合に初めて「ケーススタディ」として建物の形状や境界条件を再現した実験や解析が行われます。

 一方、Rapidprototyping的設計手法では最初からケーススタディ的に現実の建物の形状や境界条件をセットし解析と評価を繰り返しながら設計を進めていきます。

 この両者の手法で差がでるのは、検討対象の内容や範囲(これらを一般に「系」と呼びます)が複雑な場合,或いはより具体的で詳細な環境設計が要求される場合です。

 例えば、ドームの自然換気において、最適な開口部の大きさや位置を検討する場合、周囲の風の状況、地形、周辺建物、更に日射や気温も「系」の中にとりこむことが望ましいのは当然です。しかし、実験や解析能力に制限があるため、「系」をパーツに分解せざるを得ず、例えば、気温を考慮しない風力換気、周辺街区を無視した流入風、建物形状の大胆な簡易化等の条件のもとで実験や解析が行われていました。これらの結果が通常の設計行為を補完していました。

 一方Rapid Prototyping的アブローチではこの系全体をコンピュータ内に再現します。

 ここでは、想定される具体的周辺街区や気象条件や風の状況、具体的な建物形状や建築内部が「系」を構成します。これらをまとめて一挙に解析します。このアプローチは時間もコストもかかり、従来では大 規模プロジェクト等の特別な場合に限られてきました。そして得られるものはあくまでも特殊解であり研究的な一般解に比べ価値が低いと捉えられる傾向がありました。

 しかし、このRapidprototyping的アプローチは従来の「解析の簡便さと精度のトレードオフの関係」や「出力の価値」を大きく変換させる可能性を有しています。

 つまりRapidprototyping的アプローチは圧倒的高精度の結果が通常の手法よりむしろ簡便で早く得られる可能性があるということです。またその価値も特殊解でありながら、その中から様々な重要な知見を得てデータベース化することが可能になります。

 今後のAI技術がこれらの流れを推進すると思われます。

 この考え方と手法の一部を当時の建築学会シンポジウムで発表しました。T大のS教授から「今回の発表内容の中で目を引いたのはこのRapidprototype の論文のみである」という趣旨の講評をいただき大変嬉しく思ったことを今でも覚えております。

 当時は考え方先行で技術の実態が伴わない感じもありましたが、近年のCAD,VRを含めた解析ツールや各種デジタル化技術の飛躍的発展からRapidprototyping技術の適用が現実性を帯びてきました。

 近年では「デジタルツイン」というコンセプトも注目され始めています。

 これは現実世界をデジタル空間にリアルに表現したもので、リアルなシミュレーションを可能にする技術で丸ごと再現というところはRapidprototyping に通じるものがあります。

 筆者は長年民間の研究所に在籍していましたし、同時に大学の教授、非常勤講師も多数経験しました。その間いわゆる大学の研究と民間の研究の在り方の違いを常に考えてきました。大学では論文の作成が研究の最終目的(の一つ)と言え、優秀な論文作成が評価されます。しかし民間営利会社の研究では一般に論文作成は「目的」ではなく「手段」であるとも言えます。目的は「営業貢献」等です。論文作成という手段がまわりまわって?営業的に貢献する(技術のPRによる顧客の信頼獲得等)ということです。

 民間において今後論文作成に代わる、或いはそれを上回る貢献はRapidprotoype 的出力とそれを支援する周辺技術であると言えるかも知れません。