第6回 建築におけるVR技術

 先月(10月)末、娘たちの強い勧めで家内と東京ディズニーシーのソアリン(Soaring)を体験してきました。娘たちが言うにはソアリンは体験すると感動して涙が出る人が続出しているとのこと。コロナの影響もあり当分海外には行けそうもないと思い(良い年をして?)興味半分で行ってきました。Soaringは観客が数列の椅子に着席し、椅子自体が舞い上り(soaring)目前の大スクリーンに広がる万里の長城、サハラ砂漠、南極大陸等を鳥の目線、飛行速度で観察することが出きるというフライトシミュレータアトラクションです。大変すばらしいアトラクションでしたが、残念ながら感動の涙は出ませんでした。

 このアトラクションはVR(バーチャルリアリティー)の一つと言えます。VRは従来より医療、ショッピング、観光、スポーツ、教育等幅広い分野で活用されています。昨今ではコロナの影響でリアルの活動が自粛気味であることから、新しい様々なVR技術が活用され始めているようです。

 そもそもVR(バーチャルリアリティ)とは何でしょうか?一般には仮想現実と訳されることが多く、リアルに対してfake或いは所詮ダミーと捉えられることも多いようです。

 しかし、VRの定義は「人間の5感を拡張して現実に近い臨場感のある状況を構築することで本質的あるいは効果として現実であること。つまり、みかけはそのものではないが現実と同等の価値をもつもの」とされています。近年はこのVRの延長としてMR(ミックスドリティ) やAR(オーギュメンテッドリアリティ)に展開が進んでおり、最近のVRは「なんでもあり」の様相を呈してきました。しかし、どのようなVR技術でも「コンセプト」と「コンテンツ」の設定がシステム構築の大前提となります。

 上記のソアリンでは「世界中を鳥のように飛び回る体感が出来きる」というコンセプトと実際の「万里の長城等の実写映像」というコンテンツが必要でそれを達成するために大型スクリーンや稼働椅子等のVRシステムがあるという位置づけになります。

 では建築でVRシステムを構築する際のコンセプトとコンテンツは何になるでしょう? 建築の世界でVRのコンセプト(意義)をざっくり言うと「建築の試作品」の構築であると筆者は考えています。一般に車や食品、衣料等あらゆる商品にはいわゆる試作品があり、この試作品を通して顧客や世間の評価を受けますが、建築物や土木構造物の場合、この試作品(ダムや大型建築物)の構築は一般に不可能です。そこで従来の図面や模型に加えVR上で建築の試作品を作るというアイデアが思いつきます。

 ではその試作品として成り立つための必要なコンテンツは何になるのでしょう?

 これもざっくり言うと2つあり、一つは大きさ、形、色等の建築デザインです。もう一つは(これが大変重要ですが)環境や耐震等の建築性能です。前者はアート的、後者はサイエンス的と言えます。つまり建築の試作品を作るためのVRのコンテンツにはアートとサイエンスの両者が必要と考え、数十年前VRシステムを建設業の世界に導入しました。

 構築したVRシステムは建築の目に見えるデザイン(アート)と目に見えない環境性能(サイエンス)の両者を同時に表現するという意味で「ハイブリッドビジョン」と命名されました。多人数で没入感を得るため大型スクリーンによるシアター型3次元立体視システムを採用し様々な物件に適用しそこそこ成功したと思っていましたが、ここで思わぬ障害にぶつかりました。いわゆるVR酔いです。

 人間の数はVR酔いしやすい体質らしく、上記のVRシアターで気分が悪くなる人もいました。これでは全くの逆効果なのでこの改善のために視点移動の速度や経路の調整のための新たな研究開発が必要でした。

 振り返ってみると筆者がVRに着手したきっかけは前回お話しした通り気流の立体視でした。上記のVRシアターもサイエンス的にはCFDのVR的可視化を中心とするものでした。

 近年のCFDのVR可視化ではシアター型ではなくゴーグル着用型が多いようです。

 VRに関してはその後様々な展開を試みましたが、技術も評価もいまだ未確立という気がします。それは建築の試作品というコンセプトが大きすぎ(曖昧すぎ)、コンセプト&コンテンツ&(それに応じた最適な)システムが一義的に決定できないからであると感じています。

 逆に言えば上記のようにVRは周辺技術を巻き込みながら成長するHUB的性質を持つため今後もBIMやAIを巻き込んだ様々な新たな展開が広がる可能性もあります。それに応じてCFDに代表される環境シミュレーションもVRとともに今後大きく変化してゆくかもしれません。