第二十三回 ~VR技術の展開(その1)~

 大型VRシステム「HybridVision」の導入直後は本システムを様々な分野に適用し、関連する内容を整理して建築学会に17連報として発表しました。内容は機能開発的なものと建築・都市への適用事例的なものに大別されました。前者の一つにVRとBIM( Building Information Modeling)の連携システムがありました。技術センターでVRを検討していた頃、本社設計ではBIMを推進していました。BIMは以前より「建築生産における情報伝達の変革ツール」として大きく期待されていましたが、当時では計画段階の設計ツ-ルとしての利用に留まっていました。また当時,市販されている BIMのソフトウェア自体も,操作面,機能面ともに不十分であると設計者は評価していたようです。そこで筆者らのVR部隊と設計のBIM部隊が共同でBIM―VR連携システムを開発することになりました。連携された場合、BIM側からすると設計者が設計した空間内をVR内で自由に仮想体験することができます。VR側でも建物形状入力作業の大幅削減に加えBIMが保有している建築の属性情報をVR内に取り込むことが出来ます。例えばある室内の温度や気流分布のVR可視化中に「あの空調機器は?あの壁材は?窓ガラスの性能は?」という顧客からの突発的な質問にもVR内で瞬時にそれらの情報を提示できます。この機能により関係者間の情報共有がよりスムーズとなり、従来からの「アートとサイエンス」に「インフォメーション」を追加したVR体験が可能になりました。

 一方建築・都市への適用事例としては一般オフィス、クリーンルーム、病院、大空間、低炭素都市、土木等VR利用は幅広く展開して行きました。

 ところで、当時より筆者が属していた技術センターは技術の開発&PR部門でもあったため、毎日のように来客者があり様々な実験施設の見学が行われていました。HybridVisionは徐々に技術センターの見学必須コースに組み込まれるようになりました。当初各々のコンテンツ毎に担当研究員がVR説明を行っていましたが、徐々にすべてのVRデモは(特訓を受けた)担当女性がスムーズに設定通りの操作とナレーションを行うというスタイルとなって行きました。それでもVRは一般的に顧客の評価は高く、デモ終了後顧客から拍手を受けることもたびたびありました。そのような時には随行していた担当営業も大変満足そうな表情を浮かべていました。

 VR体験者が顧客中心になるに従い懸念されたのがいわゆるVR酔いでした。実はこのVR酔いについてはその数年前から新宿のPタワー内の住宅事業本部で対策検討を行っていました。筆者の大学院時代同期のH教授に御指導を依頼し、疲労しにくく,VR酔いしにくいVR提示のための画像種類,提示方法の検討を行いました。これらの結果は当時住宅事業部に転勤していたO君の博士論文の一部にもなりました。これらを参考にしたため、HybridVision ではVR酔いはそれほど大きな問題にはなりませんでした。

 しかしこのような状況を繰り返していくうちにHybridVisionは本来の研究ツールから徐々に営業・デモツールへと明らかに変化し始めました。このことが100%悪いわけではありませんが、本来筆者のVRシステム構築の目的は「次世代の建築設計・計画の必須研究ツール(建築試作品構築ツール)としての立場を確立する」ことでした。しかし、現実にはそこには至りませんでした。

 その理由は様々分析できますが、シンプルに一言で言うと個々の担当者にとってHybridVisionの使用は「面倒くさい」ということです。HybridVisionの出力とPCからの出力は個々の分野においては本質的な意味では差がないことも多く、極端な例で言うとインフォメーションとしての建築部材の確認に大型VR立体視である必要は全くなくPC上のリストで十分であるというようなことです。

 HybridVisionが有効ツールとなり得るのは、総合的な観点からの最適設計が必要な(超)大型プロジェクト等の「勝負案件」ということになります。そのような場合VR予算も確保でき個々の担当者もVR化へ歩調を合わせます。そしてアートとサイエンスとインフォメーションのコンテンツ全てがVR上で揃った場合、建築試作品的なものに仕上がることが期待できます。そこではVR利用は試行錯誤を伴う研究・計画ツールとしての顔を見せると同時に顧客への技術PRを行う絶好の機会にもなります。しかし、このような「勝負案件」がそれほど多い訳ではなく、VRをより日常的な研究ツールとするにはHybridVisionの簡易化を含めた何らかのアイデアが必要と感じ、その後いくつかの新たなVRツールを開発しました。 これらについては次稿以降お話したいと思います。