第17回 基礎から実務へ  ~クリーンルーム&大気乱流解析~

 筆者が入社直後CFDを開始し始めた頃、研究所内ではCFDに懐疑的な先輩もいました。当初解析ターゲットとして(風洞実験再現のための)単体建物周りのCFD解析であったため、その先輩は研究意義や社内貢献度にやや疑問を感じていたようでした。社内で新規技術開発を行うには当然社内認知が必須です。そして民間営利企業では、営業支援、受注貢献のための研究が最優先で認知されます。

 その頃世の中では半導体ブームがまき起こり「クリーンルーム」という新たな建設市場が生まれ始めました。クリーンルームは言うまでもなく室内を超清浄空間とするもので、半導体生産工場では必須の施設です。T建設では本市場での業界トップを目指すべく、有力顧客のTE社とタッグを組みいち早く高性能クリーンルームに関する研究開発を開始しました。まず、研究所内に全面層流型と乱流型の2つの実大クリーンルームを持つ実験棟が建設されました。この全面層流型クリーンルームは当時の世界最高レベルの清浄性能を保持していました。そこでは半導体装置の発塵特性やクリーンロボット走行時の粉塵挙動等の実験が行なわれました。しかし、微粒子測定や微気流測定はピンポイントごとの移動測定のため手間暇がかかり詳細な現象把握はやや困難な状況と言えました。そこでCFDの適用を行なってみることにしました。クリーンルームは室形状がシンプルなこともあり境界条件設定等は比較的容易でした。実験との比較検討を繰り返すことによりCFDを用いた貴重なデータが多数得られ、顧客のTE社からも高い評価を得ることが出来ました。

 社内各部署にこの情報が伝わり大きな反響をもたらしました。これが一つのきっかけとなり本格的なCFD研究開発の社内認知が得られ始めました。こうなるとCFD研究体制整備は一挙に加速し、まず副所長直轄組織として「数値シミュレーション研究室」の新設、新入社員の採用、社内研究予算の獲得に続きR社とのRCS(スーパーコンピュータのリモート使用)契約等が順調に進みました。システム整備も進みハード的にはRCS以外にGWSの導入、立体視システムの導入(これがのちのVRシステムの原型になります)を行いました。

 ソフト的には(CFDコードは当初はT大M研のものを改良して使用していましたが、実務には不十分なため)国内外のCFD市販コードをソースレベルで複数本購入し、一部のコードは徹底的に解読しました。これは現在でも筆者の一つのCFDに関する知的財産になっています。以前のコラムでも若干触れましたが、当時CFD担当は筆者1人だったため、とてもこれらの業務を回しきれずRCS契約に加えてSE業務も合わせた総合コンサル契約をR社と取り交わしました。その後クリーンルームに限らずアトリウム、大規模空間、工場等さまざまな分野でCFDに関する問い合わせや解析依頼が社内外から来るようになり、R社のS氏に上記全体コンサルとともに数多くの解析でもご支援をいただきました。

 このような社内動向については恩師のM教授に何回かご報告・ご相談に伺いし、その都度適切なアドバイスをいただきました。また当時T大では建築、機械、理論等乱流に関する部門横断的な研究会活動が積極的に行われており、これらの動きも参考にしながらCFD立ち上げ業務を推進していきました。今振り返れば大変目まぐるしくも大変充実した時期でもありました。

 ところで、当時購入して解読していたソースコードの一つに米YSA社のY博士が開発された有名な大気乱流プログラムがありました。このコードは広域のヒートアイランド解析に用いていたものです。ちょうどその頃CFDソフトの調査のため2週間程のアメリカ出張の機会を得ました。いくつかの調査を終えたのち最後にY先生のご自宅(ニューメキシコ州アルバカーキー)にお伺いしました。お打合せ後Y先生のご家族含めたお食事の機会があり、その際Y先生から気象関係の有名な先生も同席されますと告げられました。その先生は今年ノーベル物理学賞を受賞されたプリンストン大学の真鍋先生でした。会食の際は真鍋先生とあまりお話ができませんでしたが大先生の風格は充分感じ取れました。

 真鍋先生のご研究のエッセンスは地球レベルの気象現象解明へのCFD活用であり、このことが世界的に評価され今回ノーベル賞を受賞されたことは筆者のような建築・都市スケールのCFDに携わる者にとっても極めて嬉しいことであると感じています。