第8回 魂を込めるということ

 先日最終回を迎えたNHKの朝ドラ「カムカムエヴリバディ」は、三世代のヒロインの100年間の物語です。最初のヒロイン安子(上白石萌音)は、和菓子屋の「たちばな」で生まれています。そこであんこを作るときに、唱えるおまじないが次の言葉です。

  あんこのおまじない
   小豆の声を聴け 
   時計に頼るな 目を離すな
   何をしてほしいか 小豆が教えてくれる
   食べる人の 幸せそうな顔を思い浮かべ
   おいしゅうなれ
   おいしゅうなれ
   おいしゅうなれ
   その気持ちが 小豆に乗り移る
   うんと おいしゅうなってくれる
   あめぇあんこができあがる
          ~カムカムエヴリバディより
  

小豆


 とても素敵な言葉だと思うのです。いまの食べ物って、機械で大量生産されたものが多いのだと思うのですが、こうした素材を観察し、作り方を工夫し、お客様に最高の商品を作る姿勢というのは、どんな時にでも大切だと思うのです。

 建築の世界には、手書き図面の時代に「図面に魂が宿る」という言葉をよく聞きました。私が設計をやっていた時はまだ手書き図面が多く、鉛筆を転がして綺麗な線を書くことが最初の修行でした。鉛筆を転がすというのは、鉛筆やシャーペンの芯は、常に摩耗してゆくため形が変わるので、転がさないと綺麗な線が書けないというものです。もちろん、鉛筆の転がし方だけうまくてもいい設計とは言えないのですが、綺麗な図面はいい設計であることの条件のように言われていた時代でした。「1枚の図面の中に設計者の意思を凝縮させたい。図面は設計者の言葉だ。」は、安藤忠雄さんの言葉です。まさに魂を込めて図面を書いていた時代だと言えます。

 ここで2次元CADの時代が来ました。設計担当者は必ず1人1台あったドラフターが、会社からちょっとずつ消えてゆきました。そしてある日、とうとうなくなってしまいました。2次元CADの図面出力は最初はペンプロッターというもので、人間の代わりにプロッターという機械が鉛筆で図面を書くというもので、確かに均一で綺麗な図面にはなったのですが、心躍るような素敵な図面ではありませんでした。そして、この時代では「図面に魂が宿る」などという言葉は聞かれなくなったように思います。むしろ私は、手書きの時代に図面に魂が宿るという言葉を使っていたことを時代遅れの感覚だと思っていたように思います。

 これは、2次元CADの時代になって、設計者自身が図面というモノを書かかなくなったということにも原因があります。設計者は設計をするもの、図面を書くのはCADオペレーターという作業区分が大手企業の中では当たり前になっていました。つまり、図面の書けない設計者がたくさんいるという現実があるということです。企画設計だけ行って、実施設計は協力企業である設計事務所にお任せということも現実には多いと思います。

 これがBIMの時代になってさらに顕著になっているように思います。RevitなどのBIMソフトを使いこなしている主幹設計者は、実は多くありません。(設計のメインの担当者という意味で主幹設計者という言葉を使いました。)従って、オペレーターや協力企業にその作業を任せるということが一般的です。しかし、主幹設計者は、BIMソフトを使うことができないために、BIMモデルから作成された2次元図面を印刷して赤ペンでチェックを行い、BIMオペレーターや協力企業が、その指示でモデルと図面を修正するという流れができています。2次元CADの時代は、それでもソフトを使える設計者は多かったので、軽微な変更は自分でできましたが、BIMの時代になって、線一本、文字ひとつ書けない設計者が出てきて、どんな修正も指示が来るので、作業がいつまでたっても終わらないと、BIMオペレーターや協力企業からの声が聞こえてきます。

 しかし、BIMソフトを使いこなす設計者もいます。主幹担当者として設計を行い、自らもRevitなどのBIMソフトを使いこなすことで、自らが意図している建物をモデルという形で伝えようとする者たちです。実際に建てる建物は3次元です。それを2次元で表現してきた手書きや2次元CADの時代は、それを読み解くという部分で高い技術が要求されました。しかし、BIMによるモデルは3次元です。より実際の建物に近い形で設計ができるという事になります。従って、「BIMモデルには魂を込める」ということが可能なのではないでしょうか?  それぞれのビムノカタチは全く違っていて、まったくかみ合っていないのです。これがしっかり噛み合えば大きな成果を出すことも可能なのかもしれません。だけど、噛み合っていないのでいつまでも成果が出てきません。  

 先日ある企業にヒアリングに行きました。その会社では自社設計のすべての物件でRevitを活用しています。そこで、自らRevitで施工図を書いている現場所長に、設計から渡されるBIMモデルはどんなものが最も望ましいかという質問をしました。「Revitで作成されるモデルや図面は、ある程度までは均一な状態のレベルに達することができるが、それ以上になると設計の技術力の差が出てくる。」という答えを頂きました。  

 同じルールで同じファミリを使って、作られたものの違いが、設計の技術力であったということが、当たり前なのですが、少し新鮮でした。つまり、お客様の声を聴き、その声に答えることができるように、BIMモデルを作る過程で、「おいしゅうなれ、おいしゅうなれ」と気持ちを込めることで、その気持ちが建物のモデルに乗り移るのだという事です。  

 だから、私は皆様に、これからのBIMの時代には、(図面ではなく)BIMモデルに魂をこめましょうとお伝えしようと思っています。  

BIMモデルに魂をこめましょう


 RevitなどのBIMソフトは、オペレーターや協力企業が扱えればいいというものではありません。設計者が設計ツールとして使ってこそその真価が発揮できます。自らが使えたうえで、BIMオペレーターや協力企業に指示を出すことで、効率的で、魂を込めたおいしいBIMモデルを作ることができます。  

 実際、BIMソフトに熟練した主幹設計者は、BIMソフトなしでは設計ができないというレベルだと思います。BIMソフトが使えない設計者がBIMで建物を設計することで、設計工程の遅れや、設計コスト増を引き起こしているのであって、BIM自体が本当の意味で使いこなせるようになれば、業務の効率化に繋がるはずだと思っています。