第10回 小さな矢印の群れ~Fluid Direction

 今回は、シーラカンスの小嶋先生の「小さな矢印の群れ」について書きたいと思います。第3回のコラムで、Build Live Tokyo 2009において、小嶋先生に設計をお願いした、という話を書きました。その時の話から書いてみます。

 私はBuild Live Tokyo 2009に協力して頂くために、阪田さんと一緒にシーラカンスに行き、小嶋先生にBIMについての説明をしました。BIMがどのように便利なもので、将来の設計・施工の在り方を変えるものであるかといった話です。そして、48時間耐久レースのようなこのイベントへの参加をお願いしました。

 その時の打合せの最後に、小嶋先生は次のように言われました。「確かに、君の話は面白い。BIMの可能性も理解した。しかし、48時間で設計だけでなく、プレゼンや解析までできてしまうことが、クライアントに伝わったら、何カ月もかけて設計している我々のような仕事はお手上げになってしまう。だから、私としては、君の話を聞かなかったことにするか、君と一緒にやってみるのか少し考えてみる時間が欲しい。」

 やはり断られるのかなと思っていたら、やりましょうという返事を頂き、とても嬉しかったと記憶しています。何でも疑問に思ったことはやってみようという前向きなお気持ちが、こういった取組にも協力してみようという気持ちになられたのではないかと思います。

 私がRevitユーザーグループの会長だったころ、日本ではBIMという言葉は一般的ではありませんでした。やっと2009年ぐらいから、そういった言葉があるということが広まり始めました。BIMについての知識を広く持ってもらうために、当時のRevitユーザーグループはBIMミーティングというセミナーを開催していて、いろんな方にお話を頂いておりました。

 その2009年のセミナーで、小嶋先生に、講演をして頂きました。講演のタイトルが、「Fluid Direction~小さな矢印の群れ」という内容です。Build Live Tokyo 2009については、あまり語られていませんが、「この10年ぐらいいろいろやってきたことが、48時間でここまでできたということに衝撃を受けた。ITをこんな風にデザインにかぶせてゆくのだなということが分かり、すごいことになっているんだなと思った。」と言われています。このように言って頂いたことはとても嬉しく思いました。   

Build Live Tokyo 2009でシーラカンス事務所にての設計作業

 大きな矢印と小さな矢印については、「デザインそのものが、大きな矢印から小さな矢印に変わってきている。動線計画とか設計のいろんなファクターをできるだけ単純にして、取扱量を減らすことで生産性を上げてきた。挙句に同じような建物を世界中に作ってきた。ところが今は、主にITの力(解析・シミュレーション)で、風とか音とか光と構造とかアクティビティなどの複雑な流れや要素を、単純化しないで、正確に取り扱えるようになってきた。それをしないと、いろんな地域や条件の気候とか条件とかをどんどん無視し、切り落としてゆく方向にしかならないのじゃないかな。」と言っておられます。

   2009年に、最新の技術を使ってデザインに積極的に生かしてゆこうとされていることは、素晴らしいと思います。今、こんな風に環境解析を使っている方がどれだけいるのかなとも思います。

 講演では、この講演では、この小さな矢印(環境解析・シミュレーション)を、それを設計にどのように活用したのかという事例を話されています。ある物件で調査を行いながら設計を行われており、「CFD解析を行った結果それを信じていいのではないかと思った。そしてそれを信じていいのだとしたら、それが設計するときの道具になるではないかと思った。」とも言っておられます。

 小嶋先生の代表的な作品に宇土小学校というものがあります。これは、気温が高い熊本の海岸部で、冷房なしで使える教室にするために、校舎のすみずみまで風を呼び込む建物にする必要があり、 その設計を支えたのが、環境シミュレーションの熱流体解析ソフトWindPerfect がです。

  

宇土小学校のWindPerfectによる解析

 この講演の時には、まだ設計している途中でした。そこで、小嶋先生は、「風通しを良くするために風のCFD解析が必要となり、環境シミュレーション社に協力を要請した。そこで、最初の設計では風通しが良くないことがわかり、設計変更しシミュレーションを行ってかなり良くなった。だけど、体育館に、かなり開口部がつけたけど、風が流れてないので、この後打合せさせてもらおうと思っている。」というように言っておられます。まさに、解析を繰り返し実施しつつ、自らの目指す建物を作っておられる姿が見えてきます。

 その後、小嶋先生は、2013年に「小さな矢印の群れ~ミース・モデルを越えて」という本も執筆されています。実は、最近この本を手に入れました。出版されたことは知っていたのですが、なかなか購入できていなかったのです。これを読んでみて、2009年に講演された内容と、さらに深い内容が書かれていてとても面白かったです。

小さな矢印の群れ~「ミース・モデル」を越えて TOTO出版

 デザインにBIMをどういかすのか?ということを考えることがあります。Revitでは設計などできないという方もおられます。でも、今の時代だからこそ、IT技術を駆使して小さな矢印の群れを意識した設計をするというような、これまでの設計の概念にとらわれない手法が出てきてもいいのではないかと思うのです。確かに、少しづつ、BIMだからできるデザイン・設計というものも、生まれつつあるように思います。  

 きっと小嶋先生がおられたら、時代はもっと変わったかもしれないと思いますが、2016年に57歳の若さで永眠されました。私は、それほどお付き合いはありませんでしたが、私のBIMの取り組みの中でも、とても印象に残った方のおひとりなので、ここで紹介させて頂きました。